加藤周一著作集14「羊の歌」

断続的に読んでいる加藤周一著作集の14巻目。

題名から、俺の苦手な詩歌集だったらどうしようと思っておそるおそる手に取ってみたのだが、すぐに著者の半生記であることが分かって一安心。なかなかのやり手実業家であったらしい彼の祖父の暮らしぶりから始まり、60年安保闘争に関する個人的な総括で幕を閉じる文章は、いつものことながら読みやすく、ため息が出るほどに美しい。

終戦の前後やヨーロッパ留学中のエピソードには、前巻に収められていた小説の元ネタになったような出来事が含まれていて大変に興味深いが、それに止まらず、著者の半生を知ることによって、この著作集に収められていた多くの文章を書くに至った動機、背景のようなものの一端が理解できたように思う。いつかこの著作集を読み返すときには、この巻から始めてみるのも面白いかもしれないなあ。

ということで、ちょっと意外だったのは、著者の生家がそれほど裕福ではなかったことと、まあ、その影響もあるのだろうが、文筆業に専念するようになったのが40歳前後と比較的遅かったこと。俺のイメージでは、手塚治虫のようにほとんど臨床には従事していないように思えたのだが、終戦直後、広島で行われた原子爆弾の影響調査にも血液学の専門家として参加していたんですね。