小法師岳

今日は、久しぶりに一人で足尾の小法師岳を歩いてきた。

予定していた映画鑑賞が、急遽、妻の希望で午後からということになり、それなら午前中の時間を使ってどこか歩いてこられそう。実は、先日、青空文庫で「皇海山紀行」という作品を発見し、そこに登場する“千二百二十六米の三角点”と“千五百九十三米の三角点”が巣神山と小法師岳であることを地形図で確認して以来、登ってみたいと思っていたところであり、ちょっと早起きをして午前6時過ぎに庚申ダムの駐車場に到着する。

身支度を整え、6時12分に駐車場を出発するが、すぐにGPSの電源を入れ忘れていたことに気付き、現在地が表示されるまで数分間のタイムロス。その後、墓地の先にある橋(6時18分)のところから涸れ沢に入り、右岸(=上流から見て。以下同じ。)に存在するという作業道を探す。

まだ薄暗いため確信は持てなかったが、それらしき道を進んでいくと営林署の看板(6時23分)が立っており、どうやらここで間違い無さそう。その先の沢が傾斜を増す手前で踏み後は左岸に渡っており、明瞭になった作業道をジグザグに上っていくと、しばらくして再び沢と合流(6時49分)。ここでやや強引に左側の尾根に取り付くと、6時55分に尾根上に出ることが出来、そのすぐ先に“←小法師岳へ 原向駅へ→”の標識(6時57分)がかかっていた。

広い尾根道には大量の枯葉が堆積しており、それを避けるように尾根筋を直進して上っていく。いつしかルートは笹原に付けられた踏み跡をたどるようになり、2枚目の“←小法師岳へ 原向駅へ→”の標識と一緒にかかっていた“草刈スキー場跡”の標識(7時25分)の先を上りきったところが重要な右折ポイント(7時28分)。ここには(特に復路で)誤って直進しないよう、色とりどりのテープが付けられていた。

あまり山頂らしからぬ巣神山の山頂(1226m)はそのすぐ先であり、7時36分に到着。ここから先は広い防火帯の中を歩いて行くのだが、大量の笹が密生しているため雲取山の石尾根のような開放感は無い。地形図上の破線が消滅するあたりには“鳥獣保護区”の赤い看板(8時2分)がかかっており、1425ピークを越えた先にあるのが“雨降沢の頭”と呼ばれる1526ピーク(8時37分)。ここには3枚目の“←小法師岳へ 原向駅へ→”の標識があった。

ここでようやく小法師岳の姿を視認出来るようになり、尾根の右側に付けられた踏み跡をたどって小法師岳の山名板と三角点のある場所(8時51分)に到着。しかし、事前学習によると、地形図上の三角点に該当するピークはそのさらに西にあるらしく、平坦な山頂を進んでいくと8時54分に小法師岳の山頂(1593.1m)に着くことが出来た。

しかし、眺望の面では手前の三角点の方が優れており、そこまで戻ってから本日最初の休憩タイム。北の方には、庚申山、皇海山、鋸山の姿が綺麗に見えており、昨年の春、そこを歩いたときのことを懐かしく思い出しながら持参した熱い紅茶で体を温めた。

さて、帰路は来た道を引き返すだけであり、雨降沢の頭(9時16分)〜鳥獣保護区の赤い看板(9時43分)と笹原に付けられた踏み跡をたどっていく。しかし、踏み跡の探索に熱中しすぎたせいか、巣神山の山頂は知らぬ間に通り過ぎてしまい、草刈スキー場跡(10時11分)〜1枚目の“←小法師岳へ 原向駅へ→”の標識(10時32分)。

この標識の先で尾根道を離れ、左手の急な斜面を慎重に下りて行くと、往路でも通過した沢と作業道の合流地点(10時39分)に出ることが出来、そこから先は作業道を歩いて11時2分に駐車場まで戻ってきた。

ということで、「皇海山紀行」の著者である木暮理太郎氏(=社団法人日本山岳会の初代会長を務めた人物)は、大正時代、磁石も持たずに小法師尾根から皇海山を目指し、迷走の末、群馬県側の不動沢経由(!)で登頂を果たしている。今では信じられないようなタフなルートであり、俺もせめて県境にある法師岳まで行ってみたいような気がしないでもないのだが、先人の記録を読むと、そのためには藪コギ能力の一層の向上が必要なようです。