三重スパイ

2003年作品
監督 エリック・ロメール 出演 カテリーナ・ディダスカル、セルジュ・レンコ
(あらすじ)
1930年代のパリ。ギリシャ人のアルシノエ(カテリーナ・ディダスカル)は、在仏ロシア軍人協会で働いている夫のフョードル(セルジュ・レンコ)とアパートで二人暮らし。彼はロシアから亡命してきた元白軍の将軍であり、今は軍人協会の会長の側近として多忙な日々を送っていたが、妻には仕事の内容についてほとんど話してくれず、彼女はアパートに閉じこもって油絵を描いているだけ….


実際にあった誘拐事件からヒントを得たという異色のスパイ映画。

どのへんが異色かというと、主人公がスパイである夫ではなく、その妻であるという点。夫のフョードルは、帝政ロシアの残党の一員としてパリで活動しつつ、水面下で仇敵のソビエト連邦ナチス・ドイツとも情報交換を行っているらしいのだが、その具体的な諜報活動の様子に関しては一切描写されていない。

彼が何をしているのか分からないのは妻のアルシノエも同様であるが、愛する夫をむやみに疑う訳にもいかず、セミプロ級の腕前である油絵に集中することによって不安に耐え忍んでいる。夫婦間のちょっとした言い争いの際、夫がナチス・ドイツの協力者でなかったことを知り、涙を流して安堵するシーンは、そんな彼女の内面を良く現している。

しかし、このフョードルという男、実際はなかなか一筋縄ではいかない人物であり、特にこれといった政治信条がある訳ではなく、もっぱら我が身の保身だけのために行動しているような印象が強い。仮に、ナチス・ドイツへの協力を拒否したという妻への話が本当だったにしろ、それは彼が自由主義思想の持ち主だったからではなく、単に他に比べてメリットが少なかったからなんだろう。

まあ、そんな男と結婚したのが運の尽きということで、アルシノエは自分が巻き込まれた事件の本当の意味を知ることもなく、誘拐事件の共犯ということで投獄され、そこで病死するという哀れな末路をたどる訳であるが、彼女を演じているカテリーナ・ディダスカルという女優さんは、そんな悲劇が似合うなかなか素敵な人だった。

ということで、監督のエリック・ロメールは、ヌーヴェル・ヴァーグの重要人物の一人として、お名前だけは存じ上げていたが、彼の作品を見るのはこれが初めて。お金はあまりかかっていないと思うが、落ち着いた色調の映像は本作の時代背景にピッタリであり、見る者に気品や格調といったものを感じさせてくれるのはさすがだと思いました。