ゴヤ

堀田善衛の代表作の一つであるフランシスコ・デ・ゴヤの評伝。

ちょっと分厚い文庫本で4冊というボリュームなのだが、ゴヤの生涯や作品評のみならず、スペインの風土や王室を中心とした当時の政治・外交情勢等、著者の興味は恐ろしく広範囲に及んでおり、その豊富な話題のおかげで読んでいて飽きるような心配は全く無い。まあ、このボリュームになったのは、著者の性格のせいもあるのだろうが、“近代絵画の創始者”と呼ばれるゴヤの歴史的な特殊性も大きく影響している。

すなわち、ゴヤがその長い晩年(?)を過ごしたのは、彼が40代のときに起きたフランス革命後の世界であり、王室や教会の求めに応じて年に数点の作品を描いていれば良いという受身の生活は終わりを告げ、大衆の興味を惹きそうなテーマの作品を画家の方から積極的に発信しなければならない時代へ移行しつつあった。

そして、そのようにして描かれた作品を画家の視点に立って理解するためには、当時の社会情勢等に関する幅広い知識がどうしても必要であり、それを読者に分かり易く提供するために本作のボリュームがどんどん増えていったという訳である。

また、王室や教会といった上客の喪失は技術的な面でも大きな影響を及ぼしたようであり、生活費を確保するために画家はそれまで以上に多作でなければならず、その必要性から印象派の如きスピーディーな筆づかいが生まれたのだろう。また、版画の作品を量産して大衆に販売しようとゴヤが考えていたことも興味深かった。

ということで、著者が思い入れたっぷりに描いている、俗物的動機と天才的感性とが入り混じったようなゴヤの人物像はとても魅力的であり、いつの日かプラド美術館を訪れ、彼の作品をこの目で眺めて見たいと思います。