激怒

1936年作品
監督 フリッツ・ラング 出演 シルヴィア・シドニースペンサー・トレイシー
(あらすじ)
ジョー(スペンサー・トレイシー)とキャサリンシルヴィア・シドニー)は若い恋人同士。お互いに貧乏なため、しばらくの間、離れて暮らすことになるが、二人の弟と始めたガソリンスタンドの経営がようやく軌道に乗ったことから、ジョーはキャサリンを迎えに行くため意気揚々と自動車に飛び乗る。しかし、途中の田舎町で誘拐犯に間違えられた彼は、保安官事務所に拘留されてしまう….


フリッツ・ラングアメリカに渡って初めて撮った記念すべき作品。

本作は、“凶悪な誘拐犯”を自分たちの手でリンチにかけようとする民衆の暴走ぶりを描いた前半部分と、九死に一生を得たジョーが“リンチを行った者は死刑”という法律を使って首謀者22人を死刑にしようと画策する後半部分から成っており、ちょっと間抜けな保安官助手のマイヤース(ウォルター・ブレナン)の洩らした一言が保安官事務所の放火へとエスカレートしていく前半部分はなかなか見応えがある。

後半の裁判劇も、首謀者22人を救うために一致団結してシラを切りとおそうとする町の住民に対し、検察側の用意した決定的な証拠というのがちょっとストレート過ぎて意表を衝かれるくらいに面白く、“リンチ被害者の遺体が発見されていない”という弁護側の主張に対する反証が弱いような気もするが、全体的には決して悪くない。

しかし、一番問題なのは、この前半と後半とにおける主人公のジョーのキャラクターが上手く繋がらないところであり、心優しい真面目な青年だった彼が、集団リンチの恐怖にさらされたことにより復讐の鬼へと性格が一変してしまうという筋立ては一応理解できるものの、映像から受ける印象によると両者は全くの別人であり、まるで「ジキル博士とハイド氏(1941年)」みたい。

まあ、その原因としては、フリッツ・ラングの持ち味である直線的でやや性急な演出のせいというのもあるだろうが、本作に限っていえば、主演のスペンサー・トレイシーがミスキャストだった疑いが強く、ジョーのナイーブさを表現するためには、次の「暗黒街の弾痕(1937年)」で主役を務めたヘンリー・フォンダを起用すべきだっただろう。

ということで、渡米して間もない頃のラングが、リンチというアメリカ民主主義の暗部を象徴するようなテーマを採用したことがとても興味深く、まあ、良い意味でも悪い意味でも、決して器用な生き方が出来る人物ではなかったような気がします。