悪霊

年末年始はドストエフスキーの「悪霊」を読んでいた。

新潮文庫で上下2巻に分かれており、この中で多種多様な登場人物が出てくる訳だが、正直、誰が主人公なんだか最後までさっぱり解らないというとても不思議なスパイ小説(?)だった。

まあ、形式的に考えれば二枚目のニヒリストでカリスマ的な魅力を有するニコライ・スタヴローギンが主役の第一候補なんだろうが、彼の登場するシーンは意外に少なく、周囲の期待を悉く裏切り続けたあげく、実際には大した行動も起こさずに最後は謎の自殺を遂げてしまう。

実は、公表当時、「スタヴローギンの告白」という一章がそっくり削除されてしまったということで、本書の巻末に収められている復刻されたその章を読むことによって彼の行動がある程度理解できるんだけど、そこに記されている内容も全く予想外のエピソードであり、彼の(物語の主人公らしからぬ)卑劣さが明らかになるばかり。

その他の登場人物にしても、いずれも魅力的なキャラクターの持ち主ではあるものの、この物語全体の主人公と呼ぶにはどこか物足りない。むしろ、群集劇のように、その場、その場ごとに主人公が存在するといった方が正しいのかも知れない。(特に、後半におけるシャートフやキリーロフの存在感は、まさに主役級と言っても間違いない。)

内容は、ロマノフ朝の末期、社会主義無神論等の台頭によって混乱するロシアの一地方都市で起きた革命騒ぎ(=ごっこ?)が描かれているんだけれど、実際にロシア革命が起こったのはこの作品が発表されてから40数年後のこと。本書で最後までしぶとく生き残ったピョートルがこの歴史的な出来事に立ち会うことが出来たか否かは、計算上微妙なところだね。

ということで、スタヴローギンの行動の背景を知る上で不可欠とも思える「スタヴローギンの告白」が削除されたことにより、物語的にはもう完全に破綻していると言わざるを得ないにもかかわらず、それが傑作と評価されてしまうのはドストエフスキーならではのことであり、正直、個人的にもその評価に全く異論はありません。