それでもボクはやってない

2007年作品
監督 周防正行 出演 加瀬亮役所広司
(あらすじ)
金子徹平(加瀬亮)は、満員電車から駅のホームへ降りたところを突然、女子中学生から痴漢呼ばわりされ、警察署に連行されてしまう。彼は取調べにおいて一貫して無実を主張するが、担当した刑事は彼の説明を全く聞こうとせず、結局、そのまま拘留となり、接見した弁護士からも示談を勧められる始末。やっと連絡の取れた徹平の母は、ベテラン弁護士の荒川(役所広司)に事件を依頼するが….


Shall we ダンス?(1996年)」で世界的ヒットを飛ばした周防正行の最新作。

おそらく、徹平は警察でちゃんと事情を説明すればすぐに釈放されると思っていたんだろうけど、彼のそんな甘い期待はどこへやら、警察では最初っから犯人扱いであり、彼の言うことは全く信用してもらえないまま、被害者の申し立てに従った自白を強要されるばかり。映画が始まってからわずか5分くらいの間に、徹平は“日常”から不条理劇の中のような世界へと突き落とされてしまう。

周防作品については、「シコふんじゃった。(1991年)」にしても、「Shall we ダンス?」にしても、これまで“とっても面白いんだけど、演出のテンポがいま一つ”っていう印象を持っていたんだけど、本作の序盤における彼の演出はとてもテンポが良くてスピーディ。そして、役所広司扮するベテラン弁護士が登場したところでようやくペースダウンするんだけど、そのタイミングが主人公の“やっと話を聞いてもらえる人に会えた”という安堵感と見事にマッチしており、このあたりの緩急の使い分けはまさに絶妙です。

その後に行われる裁判では一進一退の状況が続き、見ている方はもうハラハラしっぱなし状態。しかし、終盤になってやっと主人公の事件当時の行動を証言してくれる目撃者が見つかり、なんとか無罪になりそうだなっていうところで判決が出される・・・。実は、本作では誰が痴漢行為を行ったのかという決定的瞬間の描写は省略されており、観客も作中の支援者たちと一緒に主人公の証言や弁護人の提出する証拠によって彼が無罪であることの確信を得ていくという手法をとっているため、この結果はちょっと衝撃的です。

俺は一応法学部の卒業なんで、(まあ、ホリエモンの事件なんかに関する報道を聞いていると一抹の不安を抱かないでもなかったが)無罪の推定というのが刑事裁判の原則なんだとこれまで割と単純に信じていたフシがあるが、この結末を見て実際のところはどうなのかとても心配になった。この作品の判決に関する法曹界のコメントを是非とも聞いてみたいところである。

ということで、本作は痴漢えん罪事件を扱ってはいるが、問題の根がもっと深いところにあるのは明らかであり、我々が裁判所に対して“正義の実現”とか“弱者の味方”といった過剰な期待をすることが、逆に彼等に大衆迎合的な判断をするようプレッシャーを与えかねないことの危険性を改めて考える必要があるのかもしれない。