クーデタ

池澤夏樹が選んだ「現代世界の十大小説」の3冊目。

この前の「苦海浄土」がかなり重たい内容だったので、今回はさらっと軽く済ませるつもりでジョン・アップダイクが1978年に発表したこの小説を選択。著者は俺も2、3冊読んだことのある世界的ベストセラー作家ということで、ガルシア・マルケス石牟礼道子と同列に扱うことにはやや違和感もあるが、まあ、そこは池澤の鑑識眼を信じてみよう。

さて、本作は、アフリカの“クシュ”という架空の国の大統領であったハキム・フェリクス・エレルー大佐の半生記という形式をとっており、記録的な旱魃の苦しみから祖国を救うために東奔西走する自身の姿が、留学生としてアメリカで暮らしていた青年時代の思い出を交えながら、客観的な視点(?)で綴られている。

大統領が主人公ということで、すぐに池澤自身の「マシアス・ギリの失脚」との類似性が思い浮かぶのだが、直接政治に関係するようなエピソードは当該作品以上に僅少であり、建国後まだ5年くらいしか経っていないクシュを主人公がどのような方向に導いていこうとするのか、全く分からないのが困りもの。

一応、“イスラムマルクス主義”の信奉者らしいのだが、反資本主義ということ以外、具体的な政策等は不明であり、国政を内務大臣に丸投げした挙句、自らは水戸黄門よろしく、身分を隠して全国行脚の旅に出てしまう。う〜ん、これでは部下にクーデタを起こされるのも当たり前であり、現実性という点に関してはマジックリアリズムにも遠く及ばない。

池澤の解説によると、「アフリカを舞台にしながらも彼(=アップダイク)の本当の関心はアメリカの方」にあったようであり、本作の主題は「クシュという黒い鏡に映ったアメリカの像」を描くことだったらしい。確かに、この主人公のイメージは(大統領というより)“ヒッピーの末裔”とでも表現する方がピッタリかもしれないなあ。

まあ、俺が本作に対して抱く違和感にしても、その大部分は主人公が大統領であるという設定に起因するものであり、もう少し自由度の高い職業にでもしておいてくれればもっと素直に楽しめたかもしれない。特に、乾ききった荒野の中に突如として資本主義の権化のようなイメージが現れるといった描写は秀逸であり、俺の知らなかったアップダイクの一面を見せてもらったような気がした。

ということで、池澤自身、本作がアップダイクの最高傑作ではないことを認めつつ、「最も未来につながる作品」という観点から「現代世界の十大小説」の一つに選んだとのこと。正直、ちょっと苦しいような気もするが、好意的に解釈すればそれだけバラエティーに富んだ作品選びが行われているということであり、他の作品を読むのが益々楽しみになりました。