晴子情歌

久しぶりの高村薫作品。

本書の前に書かれた「レディ・ジョーカー」とはかなり作風の異なる作品ということで、正直、読もうかどうか相当迷っていたのだが、先日、“合田雄一郎刑事シリーズ”に属する作品として読んだ「太陽を曳く馬」が、同時に“福澤彰之シリーズ”の作品でもあることを知り、読むことを決意した次第。

まあ、先に「太陽を曳く馬」を読んでいるので、本書の内容にも大きな違和感を覚えることはなかったのだが、どこまで読んでも(回想中のものを除き)犯罪らしき事件が起きる訳ではなく、通常のミステリイ作品的な要素は全くない。

内容は重層的であり、主人公である福沢彰之の現在と過去の他、彼の母親である晴子からの手紙の中で明かされる彼女の半生や、彼と同じ漁船で働く足立がうわごとのように物語る戦時中の体験等がモザイク状に絡み合い、何処へたどり着くのか予想もつかないままにストーリーは進んで行く。

おそらく、本書は福沢彰之のバックボーンを描く目的で書かれた“序章”のような作品なのだろうと思うが、晴子の手紙に綴られた昭和初期のエピソードには俺にとっても興味深いものが多く、彼女が初山別の鰊場で賄いとして働いたときの体験談には、まるで一流のプロレタリアート文学を読んでいるような興奮を覚えてしまった。

ということで、“福澤彰之シリーズ”の第二弾である「新リア王」も既に購入済であり、ちょっと一息入れてから読んでみるつもりです。